相変わらずです

              なんちゃってファンタジー“鳥籠の少年”続編
 


     2



  ざく、ざんっ
  びょう、ひゅんっ、と


鋭くも重々しい擦過音が鳴り響き。
太刀の届く範囲にあった木立の梢が切り落とされるわ、
間合いを取らんと無造作に飛びのいた輩が
背中で体当たりする格好になった樹からは。
頃合いの色づいた葉がばらばらっと舞い落ちて山道を赤や黄で染める。
一見、この里のそこここにもおいでの、
農夫のような質素な格好をしている男らが数人ほど。
雑木林に間近い木立ち周りで
秋の陽射しに濃い陰を落としつつ。
鋭く寄ったり素早く離れたりを繰り返し、
真剣本気の闘気も険しく、随分と物々しい格闘の最中でいる模様。
こんな鄙びた土地の、しかも閑と静かな場末にて。
獣相手でもあるまいに、
ぶんっと振り抜いた剣の切っ先が、
風を切っての凶悪な唸りを刻むほどという本気の立ち合い。
人同士でこんな物騒な様を披露するよな事態なぞ、
それこそ先年の内乱のおりにも縁がなかったというに。

 「…く。」
 「何物だ、こやつ。」

こめかみやおとがいなどから滴になった汗をしたたらせ、
相手へ手を焼いておりますと困惑顔になっているのが複数の側なら、

 「………。」

たった一人で数人相手の切り結びではあれ、
本来こうまで手古摺りはしないはずの彼じゃあなかったかと。
彼をようよう知る者にほど、奇異に映っただろう対峙の場。
だがだが、秋の陽射し独特のくせ、
目映く見せつつも顔に落ちる陰が色濃くてのこと、
表情が読み取りにくい こちらの偉丈夫殿の。
真の肩書きを知っているのだろう、

 「剣士様ぁ…。」

恐ろしさのあまり、
絞り出すような声になっている子供がどこかにいる。
こうまでの村外れへ、
子供が独り、柴や木の実を拾いに出て来ても
これまで一度として問題なぞなかった長閑な里だのに。
近隣の村へのお使いの帰りか、
ふと足元に落ちていたのへ気がついて、
そのままドングリを拾い始めた幼い男の子。
兄弟にも分けてやろうと、一心に地面ばかりを見ていた隙を衝かれたか、
突然のこと、何者かに胴のところを抱えられ、
そのまま力づくで連れ去られかかった…その場へと。

 『…っ。』

こちらも、里の周縁の雑木林にいたのが、
そろそろ帰ろうかと柴をまとめていたところ。
不穏な気配を感じて飛び出して。
そのまま…幼子を攫いかかっていた不審な輩と切り結んでおいでの
この里で一番の、いやさ、この国で一番でもあろう剣豪殿。
短めのざんばらに刈った黒髪が似合いの精悍な面差しを、
猛禽のそれのように鋭く冴えさせ。
今は野良仕事中だったのでと、
剣ではないが使い込まれたナタを手に。
怪しい手合いらを相手に、
一歩も引かない切り結びを続けておいでなのだけど。

 「何て反射だ。」
 「お前、先にその子を連れてけ。」

3人ほどかと思えば、茂みの陰にもう一人いたようで。
怯え切っている幼い子供を、そら連れてゆけと渡しにかかる。
二人ほどがこちらへ向いており、
それなりの太刀を構えていて間合いも長いため、
こちらが飛び込んでも防げるだろうと見越したようだが、

 「…っ。」

この事態へ割って入ったおり、
手を空けるために足元へと捨て置いた柴の束。
それをつま先でちょいと蹴りあげると、
二蹴り目で一番遠い手合い目がけ、
思い切りの蹴撃で即席の砲弾を浴びせれば、

 「どわっっ!」

手前の子供を避けた加減のせいもあり、
まともに顔へと柴束が当たった賊が、
そりゃあ見事に向背へもんどり打って倒れ込む。

 「な…っ。」
 「化け物か、こいつ。」

剣相手の切り結びと同時にこんな離れ業までこなした男へ、
ますますのこと脅威を覚えての後ずさった一団だったのへ、

 「…何事ですかっ。」

新たに飛び込んで来た声での一喝があり、
何だ何だと狼狽したのは、賊ばかりじゃあなく。

 「…………セナ様?」

ここまで一瞬たりとも集中を途切らせなんだ剣士様が、
初めてその切っ先を凍らせて。
だがだが、そんな隙を衝けるほどには
練達でもなかったらしき賊らへ目がけ、

 「乱暴はおよしなさいっっ!」

ぱんっと胸の前にて合わされた小さな両手。
そこへ抱えていたはずの子犬は、
今や白い姿も優美な霊鳥の佇まいをし、
主人の後背に舞うことで防御を担っているらしく。
合掌を思わせる掌打が念の集中の引き金でもあったらしいその証し、
静かに開かれた手と手の間から、
白銀の火花がバチバチという不気味で不吉な音を弾いての閃くと、

  どごん・バチバチバチ……っ、と

雲一つないほどの晴天だというに、どこから降ったか雷霆一閃。
太刀を構える賊らにだけ、
天からの罰のような雷の火柱がどどんと突き立ったそうでございます。




     ◇◇◇


里へ新たに加わった住人らという若い衆らは、
その肩書がセナへの護衛官のままでもあるので。
こちらは正式な伝達として、隼を用いた特別な飛脚にて、

  怪しい賊らが場末から侵入。
  何かを引き出すための手掛かりにと
  幼子を攫おうとした卑劣な輩。
  引っ括って留め置いておりますので、
  お調べの担当官をお送りいただければ幸い。
  何でしたらそちらへ移送しますよ、と

ちょっとした罪人以上の扱いに仕立てての、
わざわざ遠い帝都へ通達したのはなぜかと言えば。

 『…セナ様のお家はどこかと聞かれたの。』

怪しい連中に攫われかけていた小さな坊や。
この里に、最近になって北にある都から来たとかいう
ちょいと毛色の違う少年がおるだろうと。
そうと聞かれましたというのを、
自警団の青年らへと話したものだから。

 『それはもしやして。』
 『外の国からの間諜か?』

それほど先進の技術が採用されてもないというに、
不思議と豊かな、歴史の長い某帝国。
現王の弟が、何故だかただ一人で
帝都から離れた土地に派遣されているという
奇妙な内情を知った彼らとしては。
実は不仲だというなら、
この不遇を怒って決起せよとそそのかすもよし。
いやいや彼こそが南方の要であるというのなら、
攫って人質にすればよし…とでも企んだらしく。
そんな大それたことを企てる不貞の輩を潜入させるとは、
こっちからこそ相手の国へ
どういうつもりかとねじ込んでやればよろしいと。
当然の反応として 自警団全員でいきり立ってしまわれたからのこと。

 「…とはいえ、進の野郎が手加減しちまったのは、
  外交問題云々までを懸念してのことじゃあなかったんだろう?」

飛脚も使ったが、
非公式な伝達としてセナが“伝信”で事情を先んじて伝えたところ。
一部始終の中の不整合に気がついた葉柱が、すぱりと訊いて。

 「あ…や…、えっとですね。///////」

あの練達の白き騎士様が、
手にしていた得物が剣ではなかったとはいえ、
相手へ一太刀も与えてないとは不思議でならぬ。
喧嘩早い人柄ではないとしても、
せめて足止めに足るだけの手傷を負わせることくらい、
さほど難しくもなかったろうにと、不審を問えば、

 「子供の目前で、
  人に怪我をさせるのはどうかと思ったんだそうです。」

 「…何だそりゃ。」

棍棒や捕り縄さげた援軍が来るまで いなし通せると思ったのかね、
だったらそれもまた余裕だよなと。
お返事のお声へ苦笑したよな響きを滲ませた葉柱であり。
そういうところも奴らしいかねと、まま納得はしたらしく。
正式な書面が来たら即座に手配出来るよう、
官吏らへ話を通しておくからと、
肝心なところへも怠りなくの返答を下さってから、
念石を通じての会話も途絶えて。

 “………進さんらしい、か。”

  子供に見せていいことじゃあないと思ったという
  言い方をなさったのはホント。
  でもね、あのね、それだけでもなかったの。

実はセナもまた、駆けつけたばかりの身で同じことを問うていた。
相手の誰一人として、切り伏せていないどころか
殴り伏せても蹴り伏せてもなくて。
体術にも心得のある彼なのだから、
幼子の前で切りつけるのは残酷だと思ったなら、
そちらで対応してもよかっただろに。
やっぱり誰一人として、人事不省にまで追い込んではなかった段取りへ、
どうしましたかと恐る恐る聞いたのは、

 『お怪我でもなさいましたか?』

腕や足に傷を負い、それで常の力や技が出せなんだのかと案じたところ、

 『…いいえ。』

困ったようなお顔でかぶりを振った頼もしい騎士様、
突然の落雷に何だなんだと駆けつけた里の若い人らへ、
さすがに雷での攻撃にはあっさり気絶してしまった賊らを預けの、
怖かったよぉと泣き出した坊やを親御のところまで送ってやりの。
それらが済んでからという、
長い“間”の挟まったあとのお返事によると。

 『不用意に一人二人を蹴たぐったところで、
  隠れ潜んでいたクチがこそこそと逃げるだけです。』

 『はい?』

口が重いのと口下手は別物というが、
進の場合、その双方を少しずつ兼ね備えていたようで。
う〜んとえっとと、ややうつむいての言葉を探す様子は、
知らぬものが見たらば
もしかしたら一念込めていそうで怖かったかもしれないが。(こら)
誠実な彼なればこそ、
いい加減な物言いはできないぞと言葉を選んでおいでなのだなと。
そこは理解しているセナが、次の口説をじっと待っておれば、

 『セナ様を目当ての賊だったとは、今知りましたが、
  まだ判らぬ段階でも、それを最も恐れておりましたので。』

 『あ……。//////』

だからどうしたは、もう要らぬ。
うっかりと残党を取り逃がし、
別な刻限と場所から、今度は直接セナを襲われてはたまらない。
なので、

 『一網打尽にしたかったから、ですか。』

追い払うだけで済ます気はなかったのだと。
手古摺る相手だと思い知らせ、
潜んでいた残りも已なく出て来るように仕向けようという
そんな腹積もりだったと。
進の構えていた魂胆が、やっと判ったセナとしては、

 『…意外です。』

進が単細胞だとは思わない。
ことが戦いに関する話なら尚のこと、
セナと知り合ってからの歳月の
2倍や3倍では済まぬほど、
戦さや鍛練の日々を過ごしもされたろうし。
そもそもの才もあろうが、それにのみ頼らぬ、
戦術や応用のスキルも得てのこと、
鋼のように頼もしい蓄積もずんと積んでおいでだろうが。
だからこそ、
権謀術数よりもその場で鳧をつけるような戦いようを
迷いなく見定めての執行するのが基本と
思い込んでいたものだから。

 『捕り逃がした輩は、増援を呼ぶかも知れません。』
 『それにしたって。』

たった一人で仕掛ける策ではなかろうにと、
そこは素人のセナでも気がつくこと。
前以ての打ち合わせがあるとか、
警邏の誰かがじきに来ると判っていたならまだしも。

 『そこは行き当たりばったりだったんでしょう?』

大したもので擦り傷1つ負ってはないけれど、
それでもと。
自宅の居間という落ち着ける場で向かい合い、
念のためにとあちこちを診ての末、
無傷だった剣士様へほうと安堵してから、
セナとしては……お説教の1つも言いたくなったようで。

 『いくら進さんが強くとも、
  怪我をしないという保証はありません。』

 『はい。』

精悍なお顔を真摯に冴えさせ、
神妙に同意の声を返すのへ。
それが本気でおいでと判るからこそ焦れったげに、

 『判りませんか? 僕にはそれが一番恐ろしい。』

セナが言いつのれば、

 『…っ。』

あ、と。
それは気がつかなんだと、
今の今初めて気がついたというような反応で、
瞬きを1つして見せた進だったものだから。

 「〜〜〜〜〜〜もうもうもう。////////」

優しいのも頼もしいのも、今一つ足らないのだからと、
伝信に使った念石を片付け、もうもうと呟きつつも台所へと向かう。
今日はモニカさんから綺麗に捌いた鷄をいただいたので、
それを使ってシチューを煮込んだ。
きっと進さんはお腹が空いているだろうから、
早い目に食べられるよう、今から少し温め直そう。
ブロッコリーにじゃがいも、にんじん。
たまねぎとそれから、炒めキャベツも入れるのが我が家の流儀。
叱られたと思ってる進さんは、
反省してか居たたまれなくてか、
カメちゃんと一緒に水車小屋まで小麦を買いに出掛けてる。
その間に、氷室へタネを仕込んであった、蜂蜜パンも焼いてしまおう。

  今日はご苦労様でしたって。
  叱ったんじゃありませんて、
  ねぎらって差し上げるんだ。

あの後ちょっぴり項垂れてしまった進さんだったので、
言い過ぎたかなと思ったけれど。
間違ってないもん、ごめんなさいは言わない。
でもね、あのね、ありがとうは言わなきゃね。
危なっかしいことをつい選んでしまった進さんだったのは、
僕のこと守りたいって、いつも一番最初に思ってくれているからで。
でもね、それって僕のほうだって同んなじ。

  一緒に無事でなきゃ意味がないってこと
  平穏だからこそ、ようやく判ってきたんだのにサ。

  お互いが絶対なのだから、
  無事でいて…も、絶対に守ってもらわなきゃ。ネ?

バターと野菜と、鷄のいい香りのするシチューが温まり、
香ばしい蜂蜜パンが焼き上がるころには、
玄関のドアが ガタバタンと開くから。


   極上の笑顔で “おかえりなさい”





  〜Fine〜 12.10.15.


  *久し振りにも程がある“鳥籠”でした。
   スローライフを堪能しまくりなセナ様と剣士様で、
   カメちゃんもこのところは、
   夏は子犬(水浴びするときだけドウナガリクトカゲ)、
   冬は仔猫になりきってるようです。

   ……じゃあなくて。

   あんまり久し振り過ぎて、
   どういうお国柄だったかとか、
   こっちのセナくんと進さんの
   甘える度合いの傾きようはとか、(何やそれ)
   いろんなことを忘れ去っておりますた。
   それでなくとも最近のウチの子セナくんが一丁前なもんだから、
   こっちのセナくんも、やや大人になってしまったみたいで。
   こんなの公主様じゃない…っと
   違和感いっぱいだった方にはすいません。

   何より、蛭魔さんが出て来ない“鳥籠”は、
   スパイシーさが足りなくてやれやれです。(あんたが言うかい。)

   「セナくんところに怪しい刺客が潜入したらしいとあって、
    妖一ったら、怒ったの怒らないのって。」

   「ちょ…それってどういうことですか、桜庭さん。」

   「陽雨国経由で
    王城キングダムの内情を伺ってた国があるのは
    ちょっと前からも聞いてたもんだから、
    そこからの使節団の通り道になる海路へ
    咒で波風立てたり、海王類召喚したり…。」

   「それって危険なことじゃないですか?
    それと、海王類って何ですか?」

   悪乗りしまくりです、カナリア様。(と 保護者の元魔王。)

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